Takenouchi Yuichi (age40)
1982年5月1日、鹿児島県生まれ。高校卒業後、防水職人の道を歩き始める。現在は、父の竹ノ内一男氏が経営する南日本化成株式会社で取締役を務めている。趣味はキャンプ、DIYなど。なお、竹ノ内家はもともとは農業を行なっていたそうで、会社の敷地内には農家時代に栽培していた「サワーポメロ」の木が植えられていた。
INTERVIEW
1982年5月1日、鹿児島県生まれ。高校卒業後、防水職人の道を歩き始める。現在は、父の竹ノ内一男氏が経営する南日本化成株式会社で取締役を務めている。趣味はキャンプ、DIYなど。なお、竹ノ内家はもともとは農業を行なっていたそうで、会社の敷地内には農家時代に栽培していた「サワーポメロ」の木が植えられていた。
Chapter 1
南日本化成は防水の会社です。父が南日本化成の社長で、それこそ僕は幼稚園の頃から防水の仕事を見ていました。物を持ったりぐらいですけど、現場で手伝いもしてましたね。
中学生の頃も部活がないときに手伝ってました、お小遣い目当てで(笑)。その頃は掃除をしたり、新人がやるような雑用をしていました。本格的な手伝いは、高校生の夏休みぐらいからですね。
モノ作りが好きでしたし、父の仕事を継ぐのは自然なことでした。高校は商業科に進んでパソコンの勉強もしました。それも、ゆくゆくは会社を手伝いたいと思っていたからなんです。
職人としての仕事は、見て覚えました。見て覚えるほうが早いと思いますね。テープの貼り方にしろ、「こういう場所にはこのヘラを使う」といったことにしろ、理屈じゃなくて先輩の仕事を見て真似して覚えたんです。
最初のころに苦労したのは、養生のテープとかですかね。ガラス周りとかは、2ミリちょっとでずっと均等に貼らないといけない。経験を重ねればできるようになるんですけど。細かい仕事が好きなんで、自分が職人に向いてないとは思わなかったですね。
防水の養生は、塗る養生だと結構アバウトでも大丈夫なんですけど、シーリングだとミリ単位の作業になるんで結構シビアです。センスが問われます。僕は「このヘラを使うから、このぐらいでテープを貼ろう」とか、出来上がりをイメージして作業してます。
Chapter 2
仕事はビル関係が多いですかね。本当は今日も雨が降ってなければ、10階建てぐらいのビルの外壁改修の仕事を取材していただきたかったんですけど、天気が悪かったので工事が中止になりました。
南日本化成は、まだ会社としては新しいんですよ。それまでは下請けの仕事をしていて、南日本化成として元請けの仕事をするようになったのが、ここ6~7年ぐらいなんです。
僕に取締役という役職がついたのも2~3年前です。でも、肩書きがついただけで、やることは何にも変わってません。取締役的な仕事は、たまに会合があったら出るぐらいで、現場での職人としての仕事が中心です。これはずっと変わってないですね。「自分は取締役だ」っていう意識もないです。普通の社員と変わらないですね(笑)。
ヘラは1本1本手作りしてますけど、使ってる道具にそこまでこだわりはないです。ただ、新しい道具とか技術は大好きで試すようにしてます。外壁をチェックするためのドローンも面白そうだから飛ばしたいですね。
Chapter 3
生まれも育ちも鹿児島です。何もないとこですけど、住みやすいんじゃないかな。鹿児島しか知らないですけど(笑)。食べ物も美味しいですよ。福岡に行って食事して「この鶏肉美味しいな」と思ったら、その鶏肉が鹿児島産だったこともあります(笑)。
趣味は多いですよ。キャンプしたり、DIYしたり、プラモデルを作ったり。DIYでもキャンプで使うものを作ったりしてます。キャンプは一人も好きなんですけど、家族で行くことが多いかな。キャンプは指宿のほうまで行きます。子供は中2の男の子と小4の女の子です。お兄ちゃんのほうがサッカー部の部活があるから、家族でキャンプに行く機会が減ったんですけど、小さい頃はよく行ってました。
経営は常務がいるので、先程も言ったとおり僕の仕事は職人のほうがメインです。職人じゃなくて経営がメインになるとしても、まずは下が育たないと現場が追いつかないので。
南日本化成を会社として大きくするつもりは別にないですね。このぐらいでいいです(笑)。それよりも長く続けて、みんながちゃんと生活できればいいと思いますね。
竹ノ内家が栽培していたサワーポメロの木の前で、スタッフの皆さんと記念撮影。
掲載日:2022年7月14日
シーリングの養生はミリ単位で、職人としてのセンスが問われます。