Umezawa Masahiro (age48)
1973年12月12日、神奈川県生まれ。18歳でシーリング工職人の道を歩き始める。35歳で独立し、現在は株式会社梅澤工業の代表取締役。取材の現場には社長の梅澤氏だけでなく、職人の皆さんも集合! 様々なジョークが飛び交い、会社の楽しい雰囲気をうかがうことができました!
INTERVIEW
1973年12月12日、神奈川県生まれ。18歳でシーリング工職人の道を歩き始める。35歳で独立し、現在は株式会社梅澤工業の代表取締役。取材の現場には社長の梅澤氏だけでなく、職人の皆さんも集合! 様々なジョークが飛び交い、会社の楽しい雰囲気をうかがうことができました!
Chapter 1
18歳のころに、知り合いの紹介でシーリング工職人の世界に入りました。防水の知識も経験も何もない状態で始めました。
最初は掃除とかの雑用から始めましたけど、実は高所恐怖症で高いところが苦手だったので苦労しました。シーリング工職人の仕事がどういうものなのか知らなかったから、屋根の上とか高所での作業があることを知らなかったんですよ(笑)。
当時の師匠から4階の屋根の上で恐る恐る歩いている姿を見られて、「お前、何やってんだ」ってあきれられました(苦笑)。
今は4階ぐらいはさすがに平気ですけど、いまだに高いところは怖いですよ。でも、行かないとお金がもらえない。仕事だから慣れていくしかないです。
新人時代は、それ以外の苦労はなかったですね。人に恵まれて、優しくしてもらえたんで。
師匠から教えられたのは、もう基礎ばっかりですね。基本が大事なんです。シーリング工職人の基本は、「先を読むこと」だと思います。現場はひとつとして同じものがないので、先を読む力があったほうがいいんです。
Chapter 2
35歳で独立して、最初は個人事業でやってました。法人化して7年ぐらいですね。最初のほうは独立したいという思いはなかったんですけど、20代後半ぐらいから独立したいという思いが出てきて独立したんです。
今、梅澤工業は直手(じかて)の職人が7人います。今日のこの取材場所に全員来てますよ。70歳を超えた職人もいます。
「こういうタイプがシーリング工職人に向いている」ということはないですね。とりあえず仕事をやらせてみて、あとはどういう感じになるかを見極めないといけない。いろんな個性の職人がいていいんですよ。
自分自身のことは頑固な職人だと思っています。こだわり過ぎな職人です。「もっと上に行けるだろう」って先を追求したくなるタイプなんですよ。
頑固さは仕事にも出ますね。きれいな仕事をすることにこだわってます。そういう仕事が後の営業にもつながるとも思っているんです。これは社長になったからそう思うようになった訳じゃなくて、若い頃からそう考えてました。
こだわって時間をかければきれいに仕上がるとは限らないのが、シーリング工職人の仕事の難しいところです。きれいに仕上げるには、経験、こなした現場の数が必要なんです。
Chapter 3
社長としては、仕事を切らさないことにこだわっています。人を抱えている責任もありますから。社長には苦労もありますけど、楽しいですよ。やればやるだけ自分に返ってくる。反対に、サボればサボるほど自分に返ってくる。
そういう意味でプレッシャーは、毎日感じてます。そのプレッシャーと向かい合うために常に考えてます。「いざこういう場面に遭遇したときには、こう対応しよう」と、遭遇する前の時点で考えてるんです。
だから気が休まらないところもあるけど、それはしょうがないですね。そういうもんです。休みの日は仕事のことは考えないようにして、休みの前に「休み明けの月曜日にどうしようか」と考えるようにしてます。
休みの日は普通に家にいたり、釣りに行ったりしてます。横須賀は海が近いし、釣りが好きなんですよ。生まれも育ちも横須賀で、横須賀を離れようと思ったことはないです。
職人としては、まだまだうまくなりたいです。最初のほうで話した師匠が目標です。本当になんでもできた職人としてスゴイ人だったんです。あの人に比べると自分はまだまだなんで、もっとうまくなりたいですね。
掲載日:2022年11月17日
こなした現場の数が仕事のきれいな仕上がりを生むんです。