Takeshi Shishido (age46)
1979年5月3日生まれ。絵と色が好きな少年が自然と塗装の道へ。結婚を機に地元塗装会社に入り、職人歴約25年。震災をきっかけに名取市で〈SHISHIDO PAINT SERVICE〉を設立。家を長持ちさせる提案と地域に寄り添う仕事を信条に、住まい全体を考える仕事を続けている。
INTERVIEW

1979年5月3日生まれ。絵と色が好きな少年が自然と塗装の道へ。結婚を機に地元塗装会社に入り、職人歴約25年。震災をきっかけに名取市で〈SHISHIDO PAINT SERVICE〉を設立。家を長持ちさせる提案と地域に寄り添う仕事を信条に、住まい全体を考える仕事を続けている。
Chapter 1
昭和54年5月生まれ、現在46歳です。塗装の仕事に携わって、もう25年ほどになります。 この道に入ったきっかけは「結婚」でした。20歳の頃まで定職につかず、フリーターとして自由な生活を送っていましたが、結婚を機に「よし、しっかり働こう」と心に決めました。 もともと絵を描くのが好きで、小学生の頃から図工の成績が良く、中学でも美術の授業が楽しみでした。その延長線上で、自然と“色”に関わる仕事を選んだのかもしれません。 当時はバブル崩壊後の就職氷河期。地元の会社に電話しても、未経験者は断られることが多くありました。そんな中、ハローワークで見つけた「未経験者歓迎」の文字が目に留まり、地元の塗装会社に21歳で入社。未経験者を受け入れてくれる会社の姿勢がありがたかったですね。 最初は養生や掃除など、いわゆる“手元作業”からのスタートですが、驚いたのは、塗装の現場では、あっという間に1日が過ぎた。それまでのアルバイト経験は飲食店くらいで、飲食の仕事では時間が長く感じられたのですが、塗装の現場は目まぐるしくて大変なのに、時間を忘れて夢中になれた。すぐに好きになりました。
見習い時代から、どの作業も新鮮で面白く、一生懸命取り組むうちに、3ヶ月ほどで現場を任されるようになりました。あの時は本当に嬉しかったですね。 覚えが特別早かったわけではありませんが、とにかく「がむしゃら主義」で頑張りました。1人で現場に入ったときは、休憩も取らずに作業して、少しでも早く仕上げることに夢中でした。それは会社にも誰にも言わなかったので、誰も気づいていなかったと思います。見えないところで努力を重ねるのは、職人ならではの心意気ですね。 当時は結婚して間もなく、子どもも生まれたばかり。早く一人前になりたい一心でした。与えられたことを全力でやり遂げる――それが、今も変わらない自分の性格です。 こうして、若き日の私は塗装の魅力にどっぷりとハマっていきました。
Chapter 2
ボランティア活動にも力を入れている。 独立のきっかけは、東日本大震災でした。塗装業に携わって約10年が経った頃のことです。 震災直後は、何もかもが大変で、水道が止まった地域で作業をすることもありました。その時に「水道より先にペンキ?」と疑問を抱いたのです。 お客さまや地域のことを第一に考えたい。でも、雇われの身ではどうしても限界がある。 考え抜いた末、「自分で会社を立ち上げれば、もっとお客様や地域に寄り添える」と決心しました。 そして平成24年、30歳の時に〈SHISHIDO PAINT SERVICE〉(略称SPS)を名取市に設立。 クマのマークをシンボルに、地元に愛されながら「名取にこんな会社がある」と全国の職人さんにも胸を張れるような経営を目指してきました。 仕事のこだわりは「大切な家を長持ちさせること」。 塗装だけでなく、家全体のことを考えた提案を大切にしています。自分の会社だからこそ、納得できる材料や工法をお客様に提案できるのです。見た目の安さではなく、質を重視し、誇れる仕上がりを追求しています。結果として、それがお客様の満足につながり、評判となって仕事が広がっていく――そんな流れを大事にしています。
また、ボランティア活動にも力を入れています。 高校野球部の部室を部員たちと一緒に塗装したこともありました。 ただ塗るだけでなく、「感謝の気持ちを込めて作業する大切さ」を伝えたいと思ったんです。部員たちが部室を大切に思うきっかけになれば嬉しいですね。 仙台の天皇陛下関連施設をきれいにするプロジェクトも企画し、15社ほどの仲間とともに取り組みました。 地域のためになる仕事を通じて、職人としての人柄も伝えていきたい。 そして、自分たちの努力が、お客様の笑顔につながる――それが、僕の原動力です。
Chapter 3
家族は、僕のいちばんの支えです。 21歳で結婚し、3人の子どもに恵まれました。子育てでは、あえてレールを敷かず、子どもたちの自由な選択を尊重してきました。振り返ると、そのぶん子どもたちは悩んだり苦労した部分もあったかもしれません。でも、どの瞬間もかけがえのない思い出です。 子どもが空手を始めた時、僕も一緒に習い始めました。 大道塾という道場で、殴る・蹴る・投げるといった実戦的な競技です。試合にも出場し、優勝したり全国大会にも出ました(結果は負けましたが…笑)。 負けた理由は単純に「自分が弱かったから」。1対1の競技は全てが自己責任。そこに強く惹かれました。サッカーも子どもと一緒に楽しみました。 子どもが興味を持つことに自分も飛び込む――それが僕のスポーツの楽しみ方です。
今では子どもたちも成長し、子育ても一段落。 最近は道場に通ったり、妻とカラオケを楽しんだりしています。ゴルフも大好きです。カラオケは特定のアーティストではなく、Kiroroのような心に響くバラードが好きですね。 会社の仲間と飲むときは、やっぱり仕事の話で盛り上がります。お酒はほどほどに、ですけどね。 プライベートではリラックスした「人間らしい時間」を大切にしています。 仕事と家庭の両立は簡単ではありませんでしたが、家族のおかげでここまで来られました。 これからも、塗装を通じて地域に貢献しながら、温かい家族の日常を大切にしていきたいです。
掲載日:2026年2月16日
絵を描き、色を塗るのが好きな少年が青い空見上げてペンキ屋になった